3T HISTORY



会社初期の頃の広告。
1961年、3T社はマリオ・デディオニッギ氏によって設立された。3Tは元々“テクノロジア・デル・チューボ・トリネーゼ(トリノチューブテクノロジー)”と呼ばれていました。この名前はトリノの街に由来します。

デディオニッギ氏は有能なエンジニアでした。“手先の器用さ”と“卓越した鋼管を曲げる技術”で、彼はアンブロシオ社の若い工員として働いていました。1950年代のサイクルスポーツの復活は、最高品質のレース機材の需要を促し、鋭い感性を持ったデディオニッギ氏はこの機会を見逃しませんでした。デディオニッギ氏はロード選手達から強い影響を受け、ハンドルバーとステムに彼のアイディアを取り入れて製作を始めました。

アンブロシオ社に10年間勤めた後、デディオニッギ氏は自らの店を開くためにアンブロッシオ社を退社しました。トリノでデディオニッギ氏の興した会社は、1人の従業員と3部屋ある倉庫、そしてチューブを曲げる機械を持っていました。徐々に彼の会社は3TTTとして有名になっていきました。

ジロ・デ・イタリアやツール・ド・フランスを制したジーノ・バルタリが写る3TTTのポスター。前輪のあたりにうっすらと彼の直筆サインが入っているのが見える。
会社を設立して間もない頃、デディオニッギ氏はある重要な決定を行いました。それは、スチール製品からアルミニウム合金製品への生産の転換を切り替える事でした。当時それまでの自転車の部品は軽量な鋼で作られていましたが、ハンドルバー・ステム・シートポストのような重要なコンポーネントは、強度を失うことなく軽量にできるアルミニウム合金が適していることを考え出しました。彼は“新しい製品形状”と“新しい合金素材”をイタリアのエリートレーサー達と一緒に製品テストを行いました。

1970年、デディオニッギ氏は製品ラインを多様化し、新しい7075アルミ合金で作られた3TTTスキーポールはヨーロッパ各地でトップセラーとなりました。また、3TTT革サドルは、アルミ製のベースフレームで作られ、軽量さと高品質で知られました。

しかし、3TTTの名を最も有名にしたのはハンドルバーでした。マリオ・デディオニッギ氏のアイディアは、シンプルで洗練されていました。1975年、世界初の7075アルミハンドルバーは、非常に軽量でわずか240gでした。この7075アルミハンドルバーが発表され30年以上経過した今でも、この軽量さには感心します。

3TTT製品がイタリア選手権、オリンピック、世界選を制したことを伝えるパンフレットの表紙。
1984年にはフランチェスコ・モゼール氏と最初のブルホーン型のタイムトライアルバーを作成し、モゼール氏は51.151キロ(31.784マイル)のアワーレコードを樹立。1998年にはマウリッツィオ・フォンドリエスト氏が3T製品を用いて世界チャンピオンに輝きました。

長い間、3Tを牽引したデディオニッギ氏でしたが、老いたデディオニッギ氏は名声の中、会社を去りました。しかし、デディオニッギ氏の意思を受けついだ後継者は、シンプルで洗練されたハンドルバー・ステム・シートピラーを軽量なアルミ合金で作り続けました。

1999年、“ミュータントレーシングステム”は、自転車のステムとしては初のインターナショナルデザイン賞を受賞しました。3T製品のパッケージもグラフィックデザインの独創性と優雅さが高く評価されました。また3T社は業界初の長期製品保証を行い、よりその名が知られる事となりました。

半世紀経った今でも3Tの伝統は生き続けています。 “ロードレース・トラックレース・トライアスロンでの栄光”、“優れたデザイン”そして“継続的な努力”と共に3Tは“強く、より強く”続いて行きます。

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